2008年07月08日
映画監督に会う
昨日~7月7日の七夕の日に 
知り合いのツテで小野市まで、行ってきて
映画監督である井筒監督の講演を聴いてきました。
井筒和幸監督のプロフィールは、以下のとおりです。
1996年公開の『岸和田少年愚連隊 BOYS BE AMBITIOUS』は、関西出身の監督らしく、大阪の土着的な風景をフィルムに定着することに成功し、ブルーリボン賞作品賞を受賞するほどの評価を得て、監督としての評価を確立する。
その後、1999年の『のど自慢』や2003年の『ゲロッパ!』など立て続けに話題作を制作。
2005年の『パッチギ!』は、ザ・フォーク・クルセダーズの名曲
「イムジン河」をテーマに、在日朝鮮人と日本人の高校生どうしの、抗争と恋愛を描き話題となる。2度目のブルーリボン賞作品賞を得るなど、多くの映画賞を受賞しました。
岸和田少年愚連隊と パッチギ は、面白い映画だな~と
思ってたので、どんな監督なのか気になってたので講演を観にいける
機会が来たので、嬉しかったです。(^^)
映画好きの僕としては、たまらない講演でした。☆
まず最初に思った 井筒監督の印象~~
相変わらず激辛批判は、TVどうり健在でした
現在の大阪の橋本知事のやり方にも大分噛み付いてました(苦笑
社会の先生になろうとしていた人だけあって
監督の歴史の造詣は深くものでした。
でも、在日の人達に選挙権を与えるように、聞き手の僕達に
支持したりと、
ちょっと思想が、偏ってる傾向が強い人のようにも思えました。
約2時間近く、講演でのお話しがあったので全部ここには(てんこもり)
書ききれないので、僕が気になった部分をいくつかピックUPします。
まず、映画 パッチギとゆう作品の99%は、実話で
監督自身の青春そのものだったそうです。
用するに 恋と喧嘩 ってことですね(^^)
1%実話でない部分とゆうのは、作品の最後の部分
主人公の日本人の男の子と(伊藤瞬)と
朝鮮高校の女の子(沢尻エリカ)が結ばれるとゆうところだそうです。
当時は、鴨川をはさんで、日本人の住む場所と朝鮮人の住む場所は
バチっと別れてたそうです。
実話では、監督の知る限り 日本人と在日朝鮮人は、
分かり合うことは、結局最後までなかったそうですけど
映画では、そうあればいいな~~とゆう夢と希望をもった
監督自身なりのメッセージだそうです。
戦争と映画は、とても密接な関係で繋がっていて
監督自身が映画を作っていく上での根本でもあるそうです。
あと今は、発表出来ないが、次回作を
現在構想してる最中だそうです
映画のことを考えてるだけで、3キロ痩せたそうです。
このように監督とゆう人柄は、
映画を語らせたら、いつまでも語っているとゆう
映画人らしい映画人でした。
最後に監督が、おっしゃった
映画とは、人の人生を観にいくとゆうことだとゆう言葉が
とっても印象的でした。
また講演聴ける機会あれば、観にいきたいもんです。


知り合いのツテで小野市まで、行ってきて
映画監督である井筒監督の講演を聴いてきました。

井筒和幸監督のプロフィールは、以下のとおりです。

1996年公開の『岸和田少年愚連隊 BOYS BE AMBITIOUS』は、関西出身の監督らしく、大阪の土着的な風景をフィルムに定着することに成功し、ブルーリボン賞作品賞を受賞するほどの評価を得て、監督としての評価を確立する。
その後、1999年の『のど自慢』や2003年の『ゲロッパ!』など立て続けに話題作を制作。
2005年の『パッチギ!』は、ザ・フォーク・クルセダーズの名曲
「イムジン河」をテーマに、在日朝鮮人と日本人の高校生どうしの、抗争と恋愛を描き話題となる。2度目のブルーリボン賞作品賞を得るなど、多くの映画賞を受賞しました。
岸和田少年愚連隊と パッチギ は、面白い映画だな~と
思ってたので、どんな監督なのか気になってたので講演を観にいける
機会が来たので、嬉しかったです。(^^)

映画好きの僕としては、たまらない講演でした。☆

まず最初に思った 井筒監督の印象~~
相変わらず激辛批判は、TVどうり健在でした

現在の大阪の橋本知事のやり方にも大分噛み付いてました(苦笑
社会の先生になろうとしていた人だけあって
監督の歴史の造詣は深くものでした。

でも、在日の人達に選挙権を与えるように、聞き手の僕達に
支持したりと、
ちょっと思想が、偏ってる傾向が強い人のようにも思えました。

約2時間近く、講演でのお話しがあったので全部ここには(てんこもり)
書ききれないので、僕が気になった部分をいくつかピックUPします。
まず、映画 パッチギとゆう作品の99%は、実話で
監督自身の青春そのものだったそうです。
用するに 恋と喧嘩 ってことですね(^^)
1%実話でない部分とゆうのは、作品の最後の部分
主人公の日本人の男の子と(伊藤瞬)と
朝鮮高校の女の子(沢尻エリカ)が結ばれるとゆうところだそうです。
当時は、鴨川をはさんで、日本人の住む場所と朝鮮人の住む場所は
バチっと別れてたそうです。
実話では、監督の知る限り 日本人と在日朝鮮人は、
分かり合うことは、結局最後までなかったそうですけど
映画では、そうあればいいな~~とゆう夢と希望をもった
監督自身なりのメッセージだそうです。

戦争と映画は、とても密接な関係で繋がっていて
監督自身が映画を作っていく上での根本でもあるそうです。
あと今は、発表出来ないが、次回作を
現在構想してる最中だそうです
映画のことを考えてるだけで、3キロ痩せたそうです。

このように監督とゆう人柄は、
映画を語らせたら、いつまでも語っているとゆう
映画人らしい映画人でした。

最後に監督が、おっしゃった
映画とは、人の人生を観にいくとゆうことだとゆう言葉が
とっても印象的でした。
また講演聴ける機会あれば、観にいきたいもんです。

Posted by タカシ at
17:29
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